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2016年5月28日 (土)

オバマ大統領の訪日、広島訪問に想う

先日、アメリカのオバマ大統領が、米国大統領として初めて、広島を訪れました。
私もテレビで実況中継を見ていました。(ちなみに日本の番組)

正直、同時通訳がうっとおしくて彼の言葉がうまく聞けませんでしたのでNew York Timesで全文を読みなおしました。
(同時通訳はかなり難しいので、時として適切でない単語がでたり意味が割愛される)

彼の演説を聞いて、この人は本当に核というもの、戦争というものが如何におろかで悲しい、それを本当になんとかしたいという気持ちの人なのだとつくづく実感しました。

思えば8年前、米国大統領に就任した直後から核廃止(低減)の活動を積極的に進めていました。
その、最後の任期に自分の想い、そしてアメリカの想いを代表して言ってくれた…と感じました。

日本の人は、アメリカ人は

"核は戦争を終結させるために仕方なかった"

と考えている、と思ってるでしょう。
確かにそういう人もいますが、今はそうでもない。

オバマ大統領は、日本は世界で最初のただひとつの核の被害者、というのと同時に、アメリカは世界で最初で、ただひとつ核を使ってしまった国、と言っています。

日本人ならこの言葉の意味、感覚はわかると思います。

傷つけられた、被害を受けた側はもちろん悲しい。
だけど、それ以上に悲しいのは、傷つけてしまった方なのかも知れない。

過ちを二度とおかさない、そう思いたいのはアメリカも同じなのです。

彼は終始、"We" という言葉を使っていました。 決して "I"とか"Myself"ではありませんでした。
立場上なのかも知れませんが、ここに彼の強い思いを感じました。

もちろん、アメリカでも謝罪はおろか、広島に訪問する事も反対する人がいます。
逆に、New York Timesでは"Apologize"(謝罪せよ)と大きな横断幕を掲げた日本の人の写真も載せていました。

表面的な部分ではこのような議論がでてしまうのは仕方ありません。

ですが、彼の最後の言葉、

"この(今の平和で子どもたちが遊んでいる広島)のような未来も、私達は選択する事ができる。 そしてそれは広島、長崎でおきた核戦争の始まりではなく、私たち自身が教訓に目覚める事の始まりなのです"

は、私の心にずっと残ることでしょう。

私には充分すぎるくらいに謝罪の気持ちが伝わりました。
これは、日頃、アメリカの人と接してない日本人には伝わりにくい感覚だと思います。
ですが、彼の長いスピーチの中には世界の平和を思う気持ちと共に日本への彼の思いが沢山、織り込まれておりました。

少しずつ、世界は良い方向に行くことを心から祈ります。

…ただし、現実はあのトランプ氏(日本も核を持てばいいという考え)が非常に優勢ということが気になりますが、それに対するオバマ氏の強いメッセージにも受け取れました。

このオバマ氏訪問がアメリカでも大きく報道されている事でも、私は意味があったと思います。

時は、アメリカはメモリアルデー。
静かにその意味を考えなおす人も多いと信じています。 

理子

P.S.
新聞などの報道では、同時通訳をマトモに受けてオバマ氏の最後の言葉を

「広島と長崎は核戦争の夜明けとしてではなく、道徳的な目覚めの始まりとして知られるだろう」

とかのクソ訳をしているので、きちんと意味がわかるように訳し直しています。

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